車谷の文集

どちらかと言うと考え過ぎるタイプの人

十五、天気

今回もお読み頂きありがとうございます。

 

まず、あの、お久しぶりです。

もう1ヶ月以上更新して無かったのだけど、描き初めはどうやるんだったっけっていうのが正直な所。良い事を書こうにもつまらない事を書き殴ろうにも、いかんせん鈍っているので上手くいく気はしない。まぁでもやるだけやってみよう。

 

最後に更新したのが八月の十七日という事で、その時はまだ未成年で、いつの間にか誕生日を迎え、僕も成人になっている。それに結構驚き。一ヶ月程前は間違いなく「早く成人してぇよ〜」なんて言っていたと思う。でも気付いたら人生の大事な二十代の一ヶ月が経とうとしている。

 

ここ最近は仕事を変えたいなと思ったり、やっていたゲームをやる頻度が極端に減ったり、コロナにかかって色々ぽかーんとしてた。何かとやる気が起きなくて、本当はジムに行きたかったけどそんな事はコロナで叶わず。

せっかく晴れている日でも家に居る時間がとにかく長かった。そう言う時に「あぁ勿体ねぇな」って凄く思っている。もう何ヶ月も天気を気にして生活していない。

太陽の光を浴びないと人はダメになるって言うのは結構マジな話だと信じているけど、流石に家にいる時間が長い事には慣れている。それでも明らかに元気が無いというのは事実。

晴れの日に何かをしたいと思うし、雨の日には篭って映画でも見たいし、結構人の生活は天気に委ねられてる所がある気がする。

あいつらはかなり気まぐれだし基本的にはイラつく事が多い。「おいおい雨かよ聞いてねぇよ」って、誰かに教えられた訳でもないのに聞いてないとかはザラにある。髪の毛も崩れちゃうし頭痛かったりするし結構迷惑はしているけど、どうしようも無い事っていうのは割と早い段階で諦めがつく。

そう考えれば別に人に気紛れな人が居ても早々に諦めがつくし、わがままは別にいいかってなってしまう。僕はそう言う性格なんだろうけど一般的にはどうなんだろう。でも情緒のアップダウンがあってこそ天気みたいに「それらしい」があって僕はいい事だと思うけどな。

しかし先程話したように天気の突然の変化にはイラつく事が多い。それと同じで人も急な情緒の変化は人の気に障る事が多い。突然泣かれてもおっとおっとどうした〜ってなるばっかりだし、他の感情でも同じ。だから怒っている人が居たら怖いなんて事思わない。「こいつ今めっちゃ雷雨じゃん」ってなるだけ。

結構俯瞰していて人の事を舐めていると自分でも思う。でも昔からそう。僕の場合人付き合いにおいては、心は常に凪いでいる。時々晴天、曇り、風の強い日だってあるけど大体同じ状態を保っている。最近はちょっと曇っていたけれども。

 

久しぶりのブログはやっぱりなんか纏まらない。締まらないなって思った。結局ここまで書いてきてオチとか全然考えられてない。天気のタイトルで人の感情的な部分を書いているし、普通にもっと太陽の黒点の数の話とか台風の話を書いておけば良かったか。

このブログは当初からツイッターの延長線と謳っているだけあって本当に内容も様々で統一していないけどまた少しずつ更新を始めていけたらって思っている。

それこそこれが仕事になれば僕には台風一過の様な圧倒的晴天が訪れるのになぁ。